【矢口道場 道場訓 第一条】競馬というギャンブル

競馬というギャンブルは、カジノで行われているトランプ・ルーレット等を使ったソレとは根本的に違う。賭けの対象や当たる確率が違うというのではなく、金の流れが根本的に違う。カジノでは親と子の関係が成立し、金は「親⇔子」という図式で動く。だが競馬は違う。胴元(JRA等)はレースを提供し、客は着順を当てる馬券に金を張る。胴元は張られた金のパーセンテージ(馬券種別による)を抜いて、胴元が抜いた残り全額を、着順を当てた客の間で当たりの目に張った金に比例し分け合う。つまりカジノでの金の流れは「親⇔子」で、競馬での金の流れはほぼ「客⇔客」となる。だから錦糸町ウインズでばったり会った江東区立東陽中1コ上の鈴木先輩が俺に言った、「大穴を連発で当てて、JRAをパンクさせてやろうぜ!」という言葉は競馬というギャンブルを根本的に理解していない証拠。

カジノでは監視カメラが其処彼処に設置されている。なぜならディーラーや客にイカサマをされて子に勝ちまくられたら、金の流れが「親⇔子」である以上、親がパンクに追い込まれるからだ。プラスが「親>子」の間は安泰で、プラスが「親<子」になるとカジノはパンクに向かう。イカサマでなくても子に勝ちまくられたらパンクに追い込まれるが、監視カメラは一種の自己防衛手段。競馬ではいくら大勝ちしている客がいようが、客の儲けによって胴元がパンクに追い込まれる事は絶対にない。システム的に、客のプラス・マイナスに胴元の存続が左右される事などないと一目瞭然。競馬で胴元がパンクに追い込まれるのは、カジノでも同様の事が言えるが、客が金を賭けない場合だよ。公営ギャンブルが廃止に追い込まれているのは、客が高額払い戻しを連発し過ぎた訳ではなく、客が金を賭けなくなったから、客が来なくなったから。要するに競馬では客が金を賭け続ける限り胴元はパンクしない。客が勝とうが負けようが金を賭けてくれればいい。客の資金のプラス・マイナスなんぞ胴元にとって関係ない。カジノが監視カメラで自己防衛するのと同じように、競馬場には胴元の存続維持の為に銀行ATMが設置されている。もっと金を、もっと金を、もっと金を賭けろ~と。

金の流れの性質上、カジノでは如何にして親に勝つかを追求すべきで、競馬では如何にして他の客に勝つかを追求すべきだ。カジノで隣に座っている奴は基本的に敵ではないが、競馬では隣にいる奴との間に直接的な敵対関係が成立する。各レースにて行われる賭博行為で客が賭けた金から規定のパーセンテージを胴元が抜き、残り全額を当たりに賭けていた客の間で当たりに賭けた金に比例し分け合うのだから、「胴元⇔客」でプラス・マイナスの動きはなく、「客⇔客」でプラス・マイナスの動きが発生する為、「俺がすった金を隣の奴が持っていきやがった。」は正しい。何故かというと、、そのレースに注ぎ込まれた金はそのレースで当たりに賭けていた奴に渡り、決して次のレースには持ち越されない。毎レース毎レース1回こっきりの金の奪い合いだからだ。

初めてのギャンブルをする際に着目すべき点は、言うまでもなく誰と勝負して誰から金を奪うのか。カジノは親から、競馬は客から。競馬で金を儲けたいなら勝負する相手は胴元ではなく、自分らのように馬券購入している他の奴等なんだよ。ここを間違えちゃダメだ。敵は自分を取り巻く馬券購入者。親だろうが子供だろうが兄弟だろうが姉妹だろうが友達だろうが妻だろうが夫だろうが彼女だろうが彼氏だろうが上司だろうが部下だろうが、どいつもこいつも皆そろって敵なんだ。それを肝に銘じておけ。自分が金を賭けたレースの同じ馬券種別に金を賭けた奴等は、自分の金を奪う気満々の奴等なんだよ。俺は競馬を始めたその日からこんな当たり前の事しっかり胸に刻んでたぜ。一緒に競馬場に来た連れが隣で万馬券獲って喜んでる奴。「凄いじゃん!良かったねぇ。」って言ってるお前。そのレースそいつと同じ馬券種別を買ってないんだろうな。それならいいが、もし自分が買ったレースでしかも自分は外してる、当てた奴にはお前の金が渡ってるのにそいつを褒める御人好し。アホかって。

競馬(馬券購入)をやる目的は何だ。金儲けじゃねぇのか。競馬で金を儲ける為にはどうすりゃいいんだっけ。客から奪うんだよ。自分以外の馬券購入者から奪うんだよ。ギャンブルやりに来て仲良しこよしか。敵って言っても仲間は別か。お前等は最終レースが終わった後で儲けを山分けすんのか。運命共同体かよ。違うだろ。金を儲けたきゃもっとシビアになれよ。ガツガツいくんだよ。「今日お前軍資金いくら?」「え~、とりあえず飯代込みで5万円持ってきたけど。」って奴には飯喰えなくしてやれよ。5万そっくり馬券に使わせて、胴元が抜いた残りは全てお前がいただくんだよ。人生であれ競馬であれ、一人勝ちを狙え!御人好しじゃ生き残れねんだよ。弱肉強食なんだからよ。

競馬というギャンブルは、ギャンブル好き連中の金を胴元が少し抜いて、頭が弱く予想が下手な連中の金を、これまた胴元に少し金を抜かれた頭が強く予想が上手い連中で分け合う。まさに弱肉強食のギャンブルだ。頭が弱くちゃ生き残れねぇぞ。頭を鍛えろ。鍛えて鍛えて鍛えまくれ。そして吸い取れ。頭が弱く一向に進歩しない競馬中毒者の金、底をつくまで吸い尽くしてやれ。競馬というギャンブルはまさしく弱肉強食のギャンブルである。